雑誌『変態心理』における｢心霊問題｣の考察: 植民地朝鮮における｢変態心理｣と｢心霊学｣の受容を中心として

Abstract

本稿は､大正期に中村古峡により刊行された 変態心理 上に掲載された｢心霊学｣に関する言説を分析し､それらが当時の植民地朝鮮でどのような言説として現れていたのかを考察している｡ 10年間に渡る 変態心理 刊行期間において､｢変態心理学｣の領域に｢心霊学｣が占める比重は高く､実に130件近くの｢心霊｣関連掲載物が確認できる｡ 変態心理 では西欧で始まった心霊研究､日本での千里眼実験､催眠術など広範囲な事象について｢科学的実証｣を伴う論理を展開した｡その一方､明治期にマスコミによる｢千里眼｣への注目､西欧心霊研究を盾に取り､独自の｢霊的治療｣を開発した｢心霊術｣も民間には普及していった｡古峡はこれら霊術団体を近代的でない｢迷信的｣なものと批判し､雑誌の読者欄では｢霊魂不滅｣を唱える心霊研究家から逆に 変態心理 の｢科学への妄信的態度｣を指摘される場面もある｡そのような状況下､1924年の夏には｢恐怖心理と怪談の研究｣号が特集される｡そこからは｢怪談｣という前近代的な怪異を､ことごとく｢近代科学｣の解釈のフレームから語ろうとする 変態心理 論者たちならではの確固とした前近代否定の態度を確認することができる｡ 日本で展開されていた｢心霊学｣に対するこれら二つの研究の流れは､当時日本植民地であった朝鮮社会ではどのように伝達されていたのか｡朝鮮での｢変態心理｣､｢心霊学｣への受容を探るため､朝鮮総督府の書籍備置状況を確認すると､それらを含める｢心理学｣関連書籍は400册以上あり､それらを見ても当時の朝鮮社会における｢心理学｣への関心と需要が反映されていることがわかる｡しかし､新聞掲載物を調査してみると､朝鮮語､日本語の二重言語空間であっただけに､複層的な｢心霊学｣､｢変態心理｣の受容の様相を見せている｡特に｢千里眼｣は李王家殿下に披露されるなど､朝鮮で大きく話題となった｡一方､在朝日本人は｢霊術｣､｢心霊治療｣を内地の状況と同様に精神療法として受容していたが､朝鮮社会では詐欺事件として掲載されることが多かった｡また､朝鮮の雑誌掲載物における｢心霊学｣には､学術的接近がされていたが､雑誌媒体の目的によりその意味付けは大きく差を見せていたことなどがわかった｡ これらを通し､当時日本で盛んにされていた心霊研究は､外地朝鮮でも同様に認知されていたことがわかった｡しかし､植民地という複層的な様相にふさわしく､それらの受容は一律的ではないということが確認された｡